反戦展スピンオフ企画vol.3 <開催趣旨、経緯、開催内容について>

反戦展スピンオフ企画vol.3 「表現と社会との接触面は?」アーカイブ   vol.1、vol.2のアーカイブはコチラ   ◎開催概要(開催日時、場所など) 主催者:ムカイヤマ達也 2014年12月23日 東京、清澄白河 MITSUME  東京都江東区常盤1−15−1 ‘MITSUME’ は美術であろうとなかろうと、様々な価値観が流動的に混じり合う場を目指し創設されたオルタナティブスペースです。MITSUMEという名前には「表現を見つめる場」「新しい視点に出会う三つ目の場」という意味があり、「表現と社会の接触面」を対話の中から模索していく場として最適な空間でした。 ◎開催趣旨・経緯(企画した意図など) 『反戦 来るべき戦争に 抗うために』展の契機となった2014年7月の集団的自衛権の行使容認決定から2014年12月までの間に様々な事が起こりました。美術家 ろくでなし子さんのわいせつ電磁的記録頒布等の疑いによる逮捕、「これからの写真」展(愛知県美術館)で展示中の写真家 鷹野隆大さんの作品が「わいせつである」という理由で愛知県警から撤去請求、秘密保護法が施行、など。これらの事象に共通する危惧は、「表現(表明)の自由に対する規制」にあったと考えます。 表現の自由、選択の自由、を脅かすために最も効力を持つのは市井から発生する無自覚的な抑制機能であり、それは権力や法による規制以上の力を持ちます。その抑制機能は、思考停止や無関心や強い声への懐疑無き従属によって形成されるものであると思います。 『反戦展』は、美術を用いて「表明の自由」を提示したメディアであったと捉え、本スピンオフ企画では、個々人が自らの発話によって自己の認識を高め、そこで発生した対話によって「表明すること」に付随する問題点の解決を前進させるための場として機能させることを目的としました。 その目的を実現するために考慮したポイントは2つ。 1つは、『登壇者(強い声)を設定しない』。もう1つは『多用な(もしくは対極な)立場の意見が入り交じる場にする』、でした。 区画や時間割を設けず、参加者同士がそれぞれの思考でひたすら対話をし続ける場となるよう心がけました。 素晴らしい方の良い話を聞いて「あぁ素晴らしい話が聞けたぁ♡パワーアップ♡」と気持ち良く納得して帰る、、というだけでは、素晴らしい設計指示書を読んだだけで素晴らしい建物を建てたような気になっているようなものです。内面的能動性と外面的活動性を両立させ、具体的な実践に役立つ足がかりの場が今の時代には必要です。 そしてそれは、美術表現においても具体的な実践を思考しなければいけない時代になってしまった、つまり、美術と社会の接触面積を広げざるを得ない時代になってしまった、ということを意味しています。 しかし、その結果として表現メディア(美術はその一部)から実践アイデアが生まれたとしても、一体どのようにそれを社会に接続できるのか、という課題は依然として解決されていません。 これらを統合し、本企画の副題を「表現と社会の接触面は?」としました。 ◎開催内容(話した内容など) 本企画開催に先立って、web上で『言葉』を募集しました。 それは、[衆議院選挙][台北で反戦展][集団的自衛権][反戦展][表現の自由][表現と社会の接触面]等について自身が感じる想いを、1行程で表してもらおうというものでした。 集まった言葉達は会場でランダムにプロジェクションし、会場内の各所で起こる対話の前進を促します。そして、さらにその対話の中から生まれた『言葉』を収集し、リアルタイムにプロジェクションしていきました。 以下にその一部を記します。 <国民である必要性> <道徳は「個人」ではなく「人」について> <何を何から何のために自衛するんですか> <表現の自由は単なる言葉> <美術は国境を越える?> <今の「常識」は200年後の「奇習」> <反戦教育が曖昧なままきてしまった> <人間が最も恐れているのは「孤立すること」> <現代は魔法がかかり過ぎていて、原子風景が現れてこないのが厄介> <美味しいのはノンポリ♡> <戦争は起こらない> <戦争は国vs国じゃなくなる> <無宗教は経済の成熟の結果> <具体> <アート村のアート民 乙> <良い話を聞きたいがち> <殴りたいのでしたら、相手を決めてあげます> <価値判断が難しいのでしたら、価値を決めてあげます> <選択することは大変でしょうから、すべて決めてあげます> <本当はチャラチャラしたいから、「反戦」とか言ってんのよ> <なんとなく享受した自由> 等